洗脳?身代金900億円?テロリスト集団のセレブ嬢誘拐事件の真相は??

前代未聞の身代金900億円を請求された事件をご存知ですか??1974年に起きた誘拐事件を通してみていきます。

参考資料:FBI事件ファイル

パトリシアハースト洗脳誘拐事件身代金900億円になった真相!

1974年に全米を震撼させた、身代金900億円の史上最大の金額を要求したハースト家の三女、パトリシア誘拐事件はなぜおこったのか??

パトリシアハーストの誘拐事件概要

1974年2月4日午後9時20分、当時19歳でカリフォルニア大学バークレー校2年生だったパトリシアは、家出して恋人と高級アパートに一緒にいたところを武装した2人組に襲われ、連れ去られる。その三日後、犯人グループである左翼過激派シンバイオニーズ解放軍(SLA)より地元ラジオ局のKPFAに犯行声明が届く。彼らはパトリシアの身柄を解放する代わりに、「カリフォルニア州の貧民6万人にそれぞれ70ドル分の食料を与える」ことを要求。

同年4月15日、SLAのメンバーはサンフランシスコ北部にあるハイバーニア銀行サンセット支店を襲撃。この際、銀行の防犯カメラに誘拐されたはずのパトリシアが犯人グループと共にライフル銃を持って強盗を行っている様子が写る。この映像はマスコミを通じて広く報道され、全米は騒然となる。

同年5月17日、FBIがSLAのメンバーのアジトを急襲し、犯人6名を射殺する。パトリシアは他のメンバーと外出していたため、難を逃れ、そのまま逃亡する。

6月7日、パトリシアは「タニア」という名を名乗り、ロサンゼルスの放送局に組織の同志になったことを宣言するカセットテープと写真を送りつける。このテープの内容は、「死を恐れず最後まで戦う」との声明の他に、親を「ファシストの豚」、婚約者を「セックスアニマル」と罵るもので、そのあまりにもショッキングな声明に全米は更に騒然となった。なお、このテープが公開された直後に婚約者はパトリシアとの婚約を破棄した。

翌1975年9月18日、サンフランシスコにてFBIがパトリシアを逮捕。1年以上に及ぶ逃亡生活は終焉を迎えた。

 

この事件をとらえる上で大切な要素は”洗脳”です。

逮捕後のパトリシアは豹変し、銀行強盗や過激行動を、まるでなにも覚えていないような態度で、仕方なく行動を共にしたと弁護士が後日談として語っています。

実際に裁判でも洗脳されたので責任は過激派SLAのせいということで、刑は懲役7年だけという軽いものになり、その後、保釈金を150万支払い、約1年で仮釈放されることになりました。

洗脳されていたから過激派に参加する羽目になったという事件に収まってしまいましたが実際に洗脳されていたという証拠はなく闇の中に隠れてしまった難事件の1つです。

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